福岡地方裁判所小倉支部 昭和42年(借チ)4号 決定 1968年3月30日
主文
別紙目録(二)記載の建物の競売に伴い昭和四二年六月一三日なされた申立外佐々木文男から申立人への同目録(三)記載の借地権の譲渡はこれを許可する。
理由
本件申立の要旨は、申立外佐々木文男の所有していた別紙目録(二)記載の建物(以下単に本件建物という)を昭和四二年六月一三日競売により申立人が取得し、その敷地たる同目録(一)記載の土地(以下単に本件土地という)に対する同目録(三)記載の借地権(以下単に本件借地権という)を右佐々木から譲受けたところ、相手方において何ら不利となる虞れがないのにその承諾を拒むので、右承諾に代る許可の裁判を求める、というにある。
よつて、検討するに、本件において調べた資料によると、次の事実を認めることができる。
「1、本件土地は、農業を営む相手方所有のものであるが、相手方の住居地に隣接し、附近一帯の土地と同様農耕地(畑)として相手方において使用していたものである。
2 ところが、昭和二六年ごろ大分県山鹿から北九州市小倉区(当時は小倉市)三萩野に出て来て某クリーニング店の店員として働いていた申立外佐々木文男が、昭和三五年一一月ごろクリーニング店を独立開業すべく、その店舗用地の世話を同人の面倒をみてくれていた申立外高山某(小倉区蒲生、蒲生神社宮司)に依頼し、同人から同神社の近くの土地を借りる予定にしていたところ、同人の妻の反対があつて実現しなかつたため、同人において、その氏子でもあり、且つ、右佐々木の得意先でもあつた相手方に対し、いずれ、クリーニング工場用地として適当な土地を佐々木に世話するので、それまで暫らくの間、本件土地を右佐々木のクリーニング工場建設用地として貸してやつてもらいたい旨懇請し、右佐々木においても相手方に対し、同様借受方懇願した。
3 右申出を受けた相手方は、右両名に対する情誼からこれを断り得ず、昭和三五年一一月ごろ、佐々木文男との間に地代を月三、〇〇〇円、期間を一〇年、その後は状況により更新すること、借地権の譲渡、転貸をなさないこと、若し、違約したら相手方において契約解除することができること等を取り決め、権利金も敷金も受取ることなく、本件土地を佐々木に貸与することとした。
4 佐々木文男は、昭和三六年二月ごろ本件地上に木造スレート葺で間仕切りはベニヤ板、天井も一部板張りになつているほか殆んどの部分が棟木、屋根裏がそのまま露呈している程度の、構造、材料とも至極簡素な本件建物を築造し、その中に洗濯機を据付け、同月末ごろ、申立外九州相互銀行から四〇万円を借受けて本件建物に同額の根抵当権を設定し、ここにおいて昭和三六年七月ごろから、クリーニング業を独立して営むこととなつた。
5 昭和三九年三月ごろに至り、某公証人役場に勤めていた相手方の娘の進言により前記契約内容を明確にするため、同年三月一九日別紙目録(三)記載の如き内容の本件土地賃貸借契約公正証書を作成した。しかして、右公正証書においては、賃貸借の目的土地の広さが七〇坪となつているが、これは、当初貸与された土地五〇坪に隣接した相手方所有土地約二〇坪の部分に、本件建物建築後の相手方らにおいて相手方所有の家屋(別添図面(B))を建て、(尤も現在は相手方から申立外山南早己の所有になつている)これを佐々木において起居の場所として使用していたため、この部分を誤つて、目的土地に含ましめたものであつて、事実に合致していないものである。
6 佐々木文男は昭和四一年三月ごろまで、相手方に対し地料を毎月滞りなく支払つて営業を継続して来たが、借財約一五〇万円の弁済に窮していたところ、同年八月一八日、本件建物につき前記九州相互銀行の任意競売申立による競売開始決定がなされ、昭和四二年六月一三日代金三三万三、〇〇〇円で本件借地権につき譲渡禁止の特約のあることを知らなかつた申立人(相手方とは未知)への競落許可決定がなされ同年七月一日右代金が支払われた。そこで申立人において本件建物を他に賃貸すべく、相手方に対し、本件借地権譲受の承諾を求めたところ、相手方において、前叙の経緯ならびに本件土地上に子供の借家を建ててやる必要があることを理由にこれに応じられないとして拒絶した。
7 申立人は、昭和三九年ごろ宅地建物取引業を目的として設定された同族会社であり、その実際の経営は申立人代表者の夫である東園朝義(専務取締役)がなしていたところ、同人は宅地建物取引業法違反の罪により昭和四二年一〇月から服役中であるため、その子である東園正義(当二四才)東園裕康(当二三才)らが現に申立人代表者らと協力して、営業をなしている。」
そこで、本件借地権の譲渡が相手方(賃貸人)に対し不利となる虞れが存するか否かについて考察する。右にいう不利となる虞れの有無の判断の基準は申立人(譲受人)の経済的、社会的信用度からして、賃貸借関係における信頼関係を維持することができるか否かの点に求むべきものと考える。本件についてこれをみるに、申立人は、前叙認定のとおり、宅地建物取引業を営む同族会社であつて、その中心的人物たる東園朝義が服役中である点、その社会的信用は必ずしも充分であるとはいえないけれども、現在その子らが右朝義の妻と協力して右営業を継続しているのであり、毎月の本件賃料三〇〇〇円の支払につき、ことさら不安の念をいだかせる程経済的信用に欠けるところがあるとも思えない。尤も、申立人は、その営業の目的からして、本件建物を更に他に転売する可能性はあるけれども、それによつて、直ちに、相手方が不利となる虞れがあるものともなし難い。けだし、若し、相手方に対し、承諾を求めて転売するのであれば、新たな譲受人との関係で、改めて不利となる虞れがないかどうかが吟味されることとなり、又若し、背信的に無断譲渡するのであれば契約解除の道が残されているからである。従つて、賃貸借関係における信頼関係は、一応保持できるものというべく相手方主張の承諾拒否の理由は、相手方に不利となる虞れある事由とは言えず、結局、本件借地権の譲渡は、相手方において譲渡禁止の特約につき善意な申立人に対する関係で承諾を拒むに足る正当な事由がないことに帰する。されば、本件借地権の残存期間、申立人の借地権譲受を必要とす事情等諸般の事情からして、本件については、借地権の譲渡を許可するのが相当である。
なお、借地条件の変更の必要性等に関しては、本件建物の構造、借地の位置、時価、適正地代からして、その期間、地代等借地条件につき、ことさらこれを変更すべき必要性は認め難く、当事者間の利益の衡平の点からしても、特に申立人に反対給付をなさしめるべき必要性も認め難い。
以上の次第によつて、主文のとおり決定する。(中村行雄)
目 録
(一) 目的土地の表示
北九州市小倉区大字蒲生字下ヤシキ九二〇番地の五
畑三畝のうち五〇坪(別紙添付図面中赤斜線をもつて囲む(A)の部分)
所有者相手方
(二) 建物の表示
同所、家屋番号蒲生九二〇番の五
木造スレート葺平家建、事務所兼工場
床面積六六・一一平方メートル所有者申立人
(三) 借地権の表示
(1) クリーニング工場の建物(右(二)の建物)所有を目的とする昭和三六年二月一日付賃貸借契約に基づく右(一)の土地に対する借地権
(2) 存続期間昭和三六年二月一日から昭和五六年一月三一日まで。
(3) 賃料一カ月三、〇〇〇円毎月初日当月分を持参払。
(4) 賃貸人の承諾なく賃借物件の使用目的を変更しないこと。
(5) 奨約終了の際、賃借人は直ちに賃借物件を原状に復して返還すること。
(6) その他の特約事項は、借地の面積を除き、福岡法務局所属公証人藤崎作成第二五、〇九三号土地賃貸借契約公正証書に記載されているとおり。
図面、意見書<省略>